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『完全復刻版 怪奇・幻想の世界』 2014-10-02

別冊いんなあとりっぷ4『完全復刻版 怪奇・幻想の世界』です。雑誌『新青年』から18編を選び、1編を除いて、表記、挿絵、広告も掲載時そのままに復刻したもの。短篇「ロボットとベッドの重量」が収録されていて、作者は直木三十五。芥川賞と並んで有名な直木賞は彼に由来する。久生十蘭は「鈴木主水」で受賞しました。

直木賞は芥川賞と並ぶ有名な文学賞ですが、芥川龍之介に比べて、直木三十五の名前は知られていません。ICU図書館にもわずかに、代表作の『南国太平記』新潮文庫版(b/913.6/N49n)全3巻があるだけです。

ペンネームの「直木」は本名の植村の「植」を分解したもので、「三十五」は年齢。「直木三十一」からだんだん増やしていき(ただし、三十四は使用せず)、三十五のあとは改名しなかった。 /> 『芥川龍之介全集』(913.6/A39/1995)第13巻に、「新作仇討全集」の序、というのがあります。これ実は、直木三十三が主人公の戯曲です。4ページで終わる短いもので、現代の大阪市街を舞台に、芥川・直木の両賞を創設した菊池寛も登場する、楽屋オチ気味の内容となっている。

直木の弟は植村清二。教え子の丸谷才一が、『文藝春秋』(P/051/B89)1987年8月号に、「植村清二先生の史眼」と題して、"東大東洋史学科卒。旧制の松山高校、新潟高校、新制の新潟大学の教授だった。その講義は咳唾(がいだ)珠を成す名調子で…学生にすこぶる人気があった"と回想している。植村が松山高校から新潟高校へ転じたのは、軍国主義や軍事教育に反対してのことだった。

大阪府立市岡中学から早稲田大学に進んだ直木は、授業料未納で学籍を失います。ただし、その後も講義に出ることは黙認され、卒業写真にも納まった。親に、卒業証書の替わりに見せるつもりだったらしい。 /> 同期の青野季吉が協力したそうです。咎められないよう、直木は撮影の直前に顔を出すことにして、青野は最上段の端を確保する。写真屋が、空いているから詰めてと言うと、ちょっと動いてまた空ける。で、うまくいった。この写真、西条八十も写っているという。 /> 市岡中学は学制改革で市岡高校になりました。2014年度上期の芥川賞を受賞した柴崎由香は卒業生です。

時代小説作家だった直木が、SFミステリ「ロボットとベッドの重量」を書くに至った経緯は不明ですが、その3年前には、大阪毎日新聞が昭和天皇の即位を記念して、東洋初のロボット學天則(がくてんそく)を制作し、大礼記念京都博覧会に出品しています。直木はこれを観たのかも知れません。

(學天則は)巨大な机に人形が座ったような形で、高さ約3.5メートル、幅約3メートル。肌は金色、頭に緑葉冠をかぶり、顔は様々な人種を掛けあわせた感じの容姿であった。右手に鏑矢型のペン、左手に霊感灯と呼ばれるライトを持っていて、ゴムチューブによる空気圧変化を動力に、腕を動かしたり、表情を変えたりでき、全体の制御は突起の付いた回転式ドラムによって行われた。 /> 上部に告暁鳥と言う機械仕掛けの鳥が付属していて、この鳥が鳴くと、學天則は瞑想を始める。そしてひらめきを得ると、霊感灯(インスピレーション・ライト)が光を放ち、それを掲げ、鏑矢型のペンでひらめきを文字に起こしたという。(注:この部分、Wikipediaから引用しました)。

荒俣宏『大東亞科学奇譚』(筑摩書房)によれば、霊感灯がひらめくと、カッと眼を開き、天を仰いでにっこり微笑み、ペンを滑らせて文字を書き、それから、顔をゆっくり左右に動かしたそうです(画像はネット上でご覧ください)。 /> 荒俣原作の映画『帝都物語』に登場したとき、開発に当った大阪毎日新聞論説顧問の理学博士、西村真琴の役を演じたのは、真琴の次男の西村晃でした。

『ユリイカ』1987年9月号 特集『新青年』とその作家たち(P/905/Y99/vol.19/no.9)によれば、直木には、「科学小説に就いて」という晩年のエッセイがあり、 /> "日本には、一人のかゝる知識をもつた文学者もゐない。科学を知らなくても、立派な文学者ではありうるが、文学者として科学小説を書く事も、又恥べき事ではないし、私は、この小説こそ、私が、これからの一生を全力的に打込んで行けるものであるといふ情熱と決心をさへ持ってゐる" /> と意欲のほどを披露しているそうです。

しかし、弟の植村清二は"…真の意味の科学の目的とか、限界とかいう問題は、全く考えなかつたやうです。かういふやうに解釈された科学といふものが、幼稚な観念であることはいふまでもありません。…"と述べている。

そのせいか、SF作家にとって、直木賞は長いあいだ鬼門でした。星新一も小松左京も候補になったが受賞できなかった。広瀬正は3期連続落選。連続ではないが、やはり3回涙を飲んだ(?)筒井康隆は、「直木賞」ならぬ「直井賞」の選考を巡る内幕を描いた問題作『大いなる助走』(913.6/Ts93/v.21)を発表しました。選考委員の奇矯な言行や要求に賞の候補者が翻弄され、現金やら何やら提供させられたりしたあげく落選し、それを怨んで選考委員たちを射殺していくというフィクションです。

この作品の原稿を模したブックジャケットには委員たちの実名の一部の文字が読み取れるとか、誰かがそれを全部調べ上げて本に書いたとか、話題を呼びました。文庫あとがきに、モデルにされた選考委員のひとりが「連載をやめさせろ」と、いちばん大きな唇で怒鳴り込んできた、と書いてあって、ああこれはあの…と思いましたが、筒井は、連載の開始より以前に、この選考委員と対談したことがあります。

対照的に、探偵小説は早くも第4回に、木々高太郎が「人生の阿呆」で受賞している。本名は林髞(はやし・たかし)で、直木同様に「林」を分解してペンネームとした。条件反射の研究で有名なパブロフの弟子で医学博士、慶応大学医学部教授の大脳生理学者です。 /> 受賞作は自ら提唱した「探偵小説芸術論」の実現を目指したものだったが、デビュー作の「網膜脈視症」や「就眠儀式」などでは、精神病学教授の大心池(おおころち)先生が、神経症を手掛かりに、事件の真相(深層)を解き明かしていきます。

木々は一時期、『三田文学』の編集委員でした。在任中に彼が採用・掲載した作品が直木賞の候補に推され、さらに選考委員の一人が芥川賞に推薦して、結局そちらで受賞したことがあります。この作品の著者こそ、上に書いた、筒井と対談した文壇の大御所です。

余談:「粋な大人たち」はどこに消えた /> というのは、『文藝春秋』2013年8月号の記事のタイトル。"読んでいて、ニヤッと微笑を誘う、したたかな知性と現実対応力、つまり実に魅力的な大人(オトナ)の風姿と文芸"をものした人たち、一言でいえば「粋人たち」のいた時代と、その風貌を綴ったこの記事に、木々が出てきます。 /> 「…ミステリー作家として直木賞を受賞、さらに永年にわたってこの賞の選考委員をつとめているが、われわれの世代では医学者の林髞としての「人生二回結婚説」が有名である…マスコミ的にはかなり話題となって、あちこちで取り上げられたが、ほとんどは冗談半分として。しかし提唱者の林先生はいたって真剣で、「では自分が」とばかりに実践してしまっている(それがしたくて、この説をブチ上げたという噂も)」

この説の詳細については、同記事をお読みください。なお、このあとに書いてある、やはり林が提唱した「頭脳パン」は、本人はご飯党だったので食べなかったそうです。

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