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花のワルツ (2008年4月24日)

花粉症の季節が過ぎ去ろうとしている。今年から処方薬を飲んでいるため例年よりかなり楽にはなったが、全く症状がないというわけには行かない。おっと、前回に続きカラダの話では、何とも情けないではないか。今回は春らしく花の話など。

この季節、キャンパスを歩いていると色んな花に出遭う。スミレ・タンポポ・オオイヌノフグリ・ヘビイチゴ・ヒメオドリコソウ・カタバミ・ハコベ・キランソウなどいたるところで健気な姿を見せてくれる。人に踏まれようが、大雨で水没しようがお構いなしに拡がっていくその生命力には感心する。しかし、あまりに繁殖しすぎると人間から雑草と見做されて芝刈り機の餌食になるか、最悪の場合は除草剤などという超自分勝手な名前の猛毒をかけられてお陀仏することになる。

「雑草という名前の草はない」やんごとなきお方の発言として伝えられているのが、本当に本人談なのかどうかは別として、すべての発見された在来植物には確かに和名(日本語名)がある。2,000種以上の植物に命名した牧野富太郎博士の功績はあるが、それを抜きにしても、古来ほとんどの国産動植物が命名されている。自然物に対する日本人の異様なまでの関心は執着と呼ばれるにふさわしい。現代でも、男性であれば、シオカラトンボ・オニヤンマ・アキアカネくらいのトンボの名前を知っているし、蝉ならツクツクホウシ、アブラゼミ、クマゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシがあり、それぞれの鳴きまねくらいはできるのである。では男の子が虫なら、女の子は花かというと、そう一概には言えないだろう。

花屋の店先に並ぶ花は分かるが野生植物はどうも分からないという方が多いのではないか。しかしこれは無理もないのであって、花屋さんでは「わー、キレイですねえ。これ何て花ですか?」「アルストロメリアですよ」なんて会話が成り立つが、野の花に出遭ったときに、「かわいいー。このコンペイトウみたいな花、何?」と思ったときに「それ、ママコノシリヌグイ」なんて傍で名前を教えてくれる人がいることは稀だろうから、その辺に咲いている花の名前なんぞ、いつまでも覚えようもないのである。また、虫と違って花や鳥は捕獲してウチにもって帰り、図鑑を調べるなんて事は難しい。ウチに帰ってポケットから出す頃にはたいてい「おひたし」みたくペチャンコになっている。

図鑑で調べればよさそうなものだが、それも限界がある。さっき戸外で見てきた花が、本当にこの図鑑に載っている花なのかどうか、なかなか確信が持てないのである。絵は絵なりに、写真は写真なりに、実物と異なって見える。最近はインターネットで検索すれば写真が次々に出てくるから楽にはなったが、肉眼でじっと細部にわたるまで観察してきたつもりが、図鑑に似たような花がいくつも並んでいるのを見ると「え?これだったかな。いや、こっちかも」など迷ってしまい、結局分からずじまいで終わる。携帯で撮ってきた写真にしても、写り方によって様々に見える。個体によって大きさや色のバリエーションの多い植物の種の同定のための完璧な証拠とはなりえないことが多い。

チャイコフスキー作曲、バレエ『くるみ割り人形』のクライマックス『花のワルツ』ほどヨーロッパ貴族の優雅さを感じさせてくれる曲はない。ロココ調の絢爛たる装飾に包まれた宮殿の広間で踊る盛装の男女たちの一員になったような気分に(別になりたくなくても)させてくれる。この曲に比べれば、元祖ワルツ家元シュトラウス2世の『美しく青きドナウ』も、のどかな田園風景の中で鳴り響くボタンアコーディオンの調べにふさわしい。しかし、中学校の教科書によるまでもなく、ロシアといえば『ボルガの舟歌』とか『ステンカラージン』、あるいは『一週間』『カチューシャの唄』『ポルシュカポーレ』なんかの、土着の力強い乱舞を想起させるような民謡が有名だ。無骨で精悍な男たちとマトリョーシカ体型のオバチャンたちのイメージで語られる北の大地から、いくら貴族とはいえ、なぜこんな優雅な旋律が生まれるのか理解できずにいたところ、世界史に詳しい筋より情報あり。どうやら、ピョートル大帝の時代に、熱心にフランス文化を移植したそうで、それ以降ロシア宮廷の標準語はフランス語となっていたとか。チャイコフスキー自身、母親がフランス移民の血をひいていたし、楽曲の中にフランス国歌を引用するほどのリスペクトを示している。17世紀末以降ロシア宮廷は、大地を駆けめぐる勇猛で剽悍な覇者たちの集団から脱皮して、ヨーロッパの帝国と伍すために国をあげてフランスはじめ西ヨーロッパの産業・文化ほかを吸収し続けたらしい。

そう考えると『花のワルツ』は、フランスブルボン朝と同等の存在になることを希い続けた北の民族の思いを継承した、チャイコフスキーという一人の天才が、叙情的楽想によって表現しえたものと言えそうだ。浮世離れした華やかさのエッセンスのような純粋な響きに仕上がっているのはそういう訳だったのか。

ところで、ワルツを踊っているのはどんな花たちなのだろうか? まさか、オオイヌノフグリやハコベではあるまい。作曲者は何をイメージしていたのか聞いてみたい。百花繚乱の季節の風に打たれながらそう思った。

『日本の野生植物』 [R 470.38/N773]

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